最高裁判所第三小法廷 平成10年(行ツ)97号 判決 1998年6月30日
東京都港区西新橋一丁目一番三号
上告人
日本パイオニクス株式会社
右代表者代表取締役
山崎良一
右訴訟代理人弁護士
栗林信介
小林信明
同弁理士
大谷保
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被上告人
特許庁長官 荒井寿光
右当事者間の東京高等裁判所平成六年(行ケ)第一六号審決取消請求事件について、同裁判所が平成九年一二月一七日に言い渡した判快に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人栗林信介、同小林信明、同大谷保の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 金谷利廣 裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 元原利文)
(平成一〇年(行ツ)第九七号 上告人 日本パイオニクス株式会社)
上告代理人栗林信介、同小林信明、同大谷保の上告理由
第一 原審は、本件における上告人の主張を次の三つに整理している。
<1>(取消事由1)本願発明を引用例方法とは、審決認定のとおり、「処理対象ガスが、本願発明では、半導体の製造プロセスから大気中に排出されるガスであるのに対し、引用例のものでは、蓄電池を使用の際生ずるガスである」で相違する(原判決4頁以下)。
<2>(取消事由2)引用例方法において、ガス吸着剤を担体に担持させない場合が含まれていることは認めるが、ガス吸着剤を担体に担持させないでペレット、球等に成型して使用することは、開示されておらずこのことは周知の技術事項でもない(原判決八頁以下)。
<3>(取消事由3)作用効果の看過(原判決一〇頁以下)。
原審は、この三点に対する被上告人の反論を整理した上、その一つひとつについて判断を示して、上告人の請求を棄却した。しかし、その判断はいずれも理由不備あるいは理由齟齬の判断である。
第二 右(取消事由1)について
一 原判決は、次のとおり述べている(原判決二〇頁以下)
<1>引用例方法は、蓄電池使用の際に生ずる酸水素混合ガスから、アンチモン化水素及び砒化水素(アルシン)などの触媒毒を除去するために、吸収剤として酸化銅を使用するものであり、その使用の結果、作用期間を改善するものであると認められるから、
<2>本願発明と同様に、アルシン等の有毒物質を含有する排ガスを、吸収剤である酸化銅に接触させて、当該有毒物質を除去する吸着技術であるということができる。
<3>また、処理対象ガスの発生量、有毒物質の量及び濃度等は限定されていないが、該ガスから有毒成分であるアルシンを除去し、大気中への分散を防止するものであるから、汚染防止を技術課題とすることは明らかである
<4>そうすると、本願発明と引用例方法はいずれも、アルシン等の有毒物質を含有する排ガスを、酸化銅に接触させて、当該有毒物質を除去するという構成において一致し、有毒成分を含有する排ガスから、当該有毒成分を除去して汚染防止を図るという共通の技術課題を有するものと認められ、
<5>処理対象とされるガスが、半導体製造プロセスから排出されるか、蓄電池の使用の際に生ずるかにより、その有毒成分の除去処理方法における技術的な差異を認めることはできないといわなければならない。
しかし、右の判旨には明らかな誤りがある。
1 原判決は、引用例は「該ガスから有毒成分であるアルシンを除去し、大気中への分散を防止するものであるから、汚染防止を技術課題とすることは明らかである。」と断定しているが、これは全くの誤りである。
上告人は、本願発明と引用例の違いについて、原審審理の当初から、本願発明の技術課題のひとつに大気汚染防止という極めて重要な課題があり、この点は引用例にはないことであると主張してきた。
原判決が、上告人の事実主張として、「引用例方法においては、環境汚染は問題とならず、発生した酸水素ガスの回収再利用を企図したものであり、密閉系における有用ガスに混入した触媒の劣化を防止するための微量の触媒毒の除去を目的とするものである。」と記載しているとおりである(原判決六頁)。
この点、即ち引用例が大気汚染防止という目的を持ったものではなく「密閉系における有用ガスに混入した触媒の劣化を防止するための微量の触媒毒の除去を目的とするものである。」ということに関しては、被上告人も、特に反論していないところであるが(これは引用例自体から明らかなところであるから、反論の余地のない問題であるが)、原判決は、この点を独断的に、引用例についてもアルシン等の有毒成分を「大気中への分散を防止するものである」(原判決二〇頁)と間違えて理解してしまっている。
2 引用例は、大気汚染防止などを課題としているものではない。
引用例とは次のようなものである(甲第二号証)。
<1>自動車のバッテリーなどの蓄電池を充電している際、充電が過充電になるとバッテリー液(希硫酸)から水素と酸素が発生してくる(酸素はプラスの電極から、水素はマイナスの電極から)。
<2>そのとき、マイナスの電極からほんの僅かではあるが水素と一緒にアルシンが出てくる。
<3>酸素と水素は触媒(白金)を使って水に還元してバッテリー液の中に戻してやるのだが、ほんの僅か発生したアルシンはこの酸素と水素を水に戻す触媒にとって触媒毒となる。このままにしておくと触媒がだめになってしまうのでこの触媒毒であるアルシンを除去するために酸化銅を用いるのである。
3 引用例にあっては、もし酸化銅を用いなければアルシンによって触媒である白金がスポイルされるのである。即ち、蓄電池においては、酸化銅がなかったとしても、アルシンは触媒である白金の中に触媒毒として沈着するのであって、これが大気中に出てくるということではない。
即ち、引用例は、専ら触媒毒としてのアルシンの除去だけが思考されているのであって、そこに、大気汚染防止などという技術課題は全くない。
4 これに対して、本願発明は、半導体製造プロセスから発生する排ガス処理の問題であり、大気汚染防止を主たる技術課題とするものである。しかも、アルシンがサリンなどに匹敵する猛毒であることを考えれば、本願発明にあってはこの技術課題は極めて重要である。
5 原判決は、引用例の誤解することによって、「そうすると、本願発明と引用例方法はいずれも、」「有毒成分を含有する排ガスから、当該有毒成分を除去して汚染防止を図るという共通の技術課題を有するもの」と決めつけているが、その根本において、引用例に対する誤った理解があるのである。
第一に、原判決は引用例について、「本願発明と同様に、アルシン等の有毒物質を含有する排ガス」を除去する吸着処理技術であるといっているが、引用例が課題とする蓄電池の過充電の際に発生するガスは、正確には「排ガス」ではない。即ち、過充電の際に発生するガスは、右にも述べたとおり大部分は水素と酸素であるが、これは蓄電池内に水として還元されるべき原料である。また、僅かに出てくるアルシンについては、前述のとおり蓄電池内の触媒に沈着するものであって、大気中に出てくることはない。
第二に、右に述べたところから明らかなように、引用例にあってはアルシンは触媒毒となるのであって、大気中に出るということはない。従って、引用例に大気汚染防止などという技術課題は全くない。
6 原判決は、この点の理解をしていないために、いつの間にか引用例にあっても、アルシンの除去が「排ガス」の除去であり、また、引用例も「大気中への分散を防止するものであるから」などと、全く根拠のない誤謬を犯した上、引用例が大気「汚染防止を技術課題とすることは明らか」などという、引用例自体が思いもしなかった引用例にとっては荒唐無稽な技術課題を、引用例に付与してしまったのである。
7 原判決は、本願発明と引用例が、大気汚染防止を図るという共通の技術課題を有するものと認められることをもって、「処理対象とされるガズが、半導体製造プロセスから排出されるか、蓄電池の使用の際に生ずるかにより、その有毒成分の除去処理方法における技術的な差異を認めることはできない」との結論を導く有力な根拠としているが、右のとおり、これは原判決の根拠となり得ないものである。
原判決には、明らかな理由不備及び理由齟齬がある。
二 原判決は、次のとおり判示している。
<1>原告(上告人)は、本願出願当時、半導体製造プセスにおけるアルシンの除去方法として酸化銅を利用した技術は、当業者が容易に想到し得るものではないと主張する。
<2>しかし、審決は、排ガス中からの有毒成分の除去処理という共通する技術分野において、アルシンの除去方法として酸化銅を利用した技術を開示する引用例方法から、同様の構成を有する本願発明を想到することが、当業者にとって容易であると判断したものであるから、上告人の主張は採用できない。
しかし、原判決のこの判旨は次のとおり誤りである。
1 「当業者」とは、特許法上の「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者」(特許法二九条二項)を意味するものであることはいうまでもない。
右の「通常の知識を有する者」とは、「いわゆる技術専門家のうち平均的水準にある者」であり、そして、「通常の知識を有する者」であるためには、少なくとも次の条件を備えている必要があるといわれている。
即ち、
<1>発明の属する分野における技術文献記載の全ての技術を自己の知識としている者であって、
<2>これらの文献的知識に基づいて通常の(平均的な)創作能力を発揮できる者であること、
ということである(吉藤幸朔著 特許法概説【第一〇版】七九頁)。
2 ここでいう「通常の知識を有する者」が、具体的な自然人を指すものではなく、「いわば特許法上の想像の人物」である(右吉藤 同著九七頁)ことは当然であるが、また、一方で、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者という概念が、実際に当該発明が属する技術分野における研究者の現実のレベルと、全く関係なく、あるいはこれと大きくかけ離れて存在しうるものでないことも、また当然である。そうでなければ、「通常の知識を有する者」とは、「いわば特許法上の想像の人物」というより、「いわば特許法上創作された神のごとき人物」ということになってしまうからである。
3 もちろん、上告人は、一定の事実を当該発明者が知らなかったことをもって、それが「当業者」にとって容易に想到しうることではないという評価となるということをいっているのではない。
多くの場合は、「当業者」にとって容易に想到しうることかどうかの判断は、むしろ抽象的に行われることである。本件においても、本件審決は、単に引用例があることをもって、本願発明は「当業者が容易に想到しうるものである」との評価をしたものであるし、原判決もまた、上告人の反論にも拘わらず審決の判断を支持したのである。
しかし、「通常の知識を有する者」が、右に述べたようなものである以上、実際に当該発明が属する技術分野における研究者の誰もが、当該発明にかかる技術に想到し得ていないことが明らかなとき、それでも、当該発明にかかる技術は当業者にとって容易に想到しうるものであると断ずるのは、全く現実と乖離した評価となってしまうのである。
4 ところで本件については、本願発明当時、半導体製造プロセスにおける排ガス処理の各種技術文献において、酸化銅を利用したアルシンの除去処理技術が示されていなかったことはもちろん、西澤潤一及び大見忠弘という半導体研究分野における我が国のみならず世界的な権威が、半導体工場における排ガスの吸着技術に関して懸命に研究した結果、なおかつ、本願発明の酸化銅によるアルシンの吸着には想到していないのである。このことは、上告人が原審において十分主張したところである(上告人の平成九年四月二五日付準備書面一頁から六頁。乙第一〇号証及び乙第一一号証。甲第一三乃至一五号証)。
このような半導体研究における世界的な権威(西澤及び大見両氏は、半導体研究によって数々の賞を受賞し、西澤氏に至っては我が国の文化勲章を受章された方である)が、半導体製造プロセスにおけるアルシンの除去について、これに酸化銅を利用することに想到していないとすれば、一体、半導体製造プロセスから発生する大量のアルシン等の有毒排ガス除去に関して、酸化銅を利用した除去技術に容易に想到する「当業者」とは、どのような知識と創作能力を有する者だということになるのだろうか。
このように、本件においては、本願発明は「当業者」即ち「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者」が容易に想到できないということが、具体的に明白である。むしろ本件においては、本願発明は「その発明の属する技術の分野における通常以上の知識を有する者」にとっても、引用例方法から容易に想到することができないことが明らかなのである。
5 右のとおりであるのに、「審決は、排ガス中からの有毒成分の除去処理という共通する技術分野において、アルシンの除去方法として酸化銅を利用した技術を開示する引用例方法から、同様の構成を有する本願発明を想到することが、当業者にとって容易であると判断したもの」とした原判決は、二重の誤りを犯している。
即ち、第一に原判決が「審決は、排ガス中からの有毒成分の除去処理という共通する技術分野において、」としている点は、前に「第二 一」で述べたとおり、引用例と本願発明とは共通する技術分野にあるものではないからその前提において誤りであり、第二に原判決が「アルシンの除去方法として酸化銅を利用した技術を開示する引用例方法から、同様の構成を有する本願発明を想到することが、当業者にとって容易であると判断したもの」としている点は、「当業者」の概念を何ら議論することもなく、極めて安易に審決を容認しただけであって、問いをもって問いに答えたに等しく、全く理由となっていない。
三 以上のとおりであるから、原判決が「第6 当裁判所の判断 1取消事由(相違点1の判断の誤り)について」で判示するところは、その理由が不備であり、またその理由が齟齬していることが、明らかである。
第三 右(取消事由2)について
一 原判決は、次のとおり述べている。
<1>引用例には、その吸収剤の使用時の形態として、「粉末」、「担体担持」と並んで、「粒状」が記載されているものと認められる。
<2>乙第二乃至四号証によれば、ガス吸着剤それ自体をペレットに成型して使用することは、本願出願前、周知の技術であり、この周知技術は物理吸着のみならず化学吸着であっても妥当するものとして開示されているものと認められる。
<3>乙第六乃至八号証によれば、乾式・室温下で使用する化学吸着剤においてそれ自体を粒状に製造・成型して使用することが、本願出願前、周知の技術として開示されている。
<4>そうすると、引用例における上記「粒状」との記載は、上記周知技術に基づいて、成型された粒状の意味をも含むものと認められ、また、上記記載に接した当業者が、上記「粒状」の意味を、当然に、成型された粒状を含むものと解することも明らかである。
二 しかし、右の判旨は誤りである。
1 なるほど、乙第二乃至四号証、乙第六乃至八号証には、吸着剤それ自体を成型して使用する方法が記載されている。
2 しかしこのことをもって、引用例における上記「粒状」との記載は、成型された粒状の意味をも含むと認められると断ずるのは、全くの飛躍である。
乙第二乃至四号証、また乙第六乃至八号証には、それぞれ当該剤を成型または造粒する方法についての具体的な記載がある。
例えば、
<1>乙第二号証にあっては、「そして、この脱水物を後の実際使用に便利となるように、適度の大きさの粒状又はペレット状等に成形し、最後に乾燥する。」と記載されている(乙第二号証の二一四頁左上段)、
<2>乙第三号証にあっては、「次に、本発明の製造方法を提示する。」とした上で、そのペレットに成型する方法を詳細に記載している(乙第三号証の四〇〇頁右上段から左下段)、
<3>乙第四号証にあっては、その特許請求の範囲で「鉄鉱石の微粉を主要原料とし、これに附原料としてドロマイト等を加え、また粘結剤としてペントナイトと、バーライト、水ガラス等を加えて混練後ペレット化し、さらに当該ペレットを酸化性雰囲気にて焼成して得られるペレット状吸着剤」と記載した上、発明の詳細な説明において、さらに詳しく成型の方法を記載している(乙第四号証の一九一頁左・一九二頁右上段から左下段)、
<4>乙第六号証にあっては、「本発明の組成物は、水酸化カルシウム・硫酸カルシウムおよび亜塩素酸ナトリウムの混合物に水を加えて混練し、これを適当な粒度に押し出し成形」すると記載している(乙第六号証の四七四頁右上段から左下段)、
<5>乙第七号証にあっては、「上記吸収剤はCa(OH)2・CaO単独またはCa(OH)2とCaOの混合物にアルカリ金属酸化物の溶液を加えて混練し、ついで造粒してから乾燥させたものであり、その具体例を以下に示す。」として、さらに具体的な製造方法が記載している(乙第七号証の五一五頁左上段から右上段)、
<6>乙第八号証にあっては、その吸着剤について、「好ましい具体例では、ふつ化カルシウムは、例えば約0.25~約0.375ィンモ(0.625~0.937cm)の粒度を有するペレット形である。」などと具体的記載がなされている(乙第八号証の五一四頁右下段)
のである。
3 ところが、引用例にあっては、確かに「粒状」との記載はあるが、「造粒」とか「成型」との記載は全くなく、ましてや当該剤を成型または造粒する方法の記載など何らなされていない。もし、「粒状」との記載が、「粉末」、「担体担持」と並んで「成型」や「造粒」を含むのであれば、成型または造粒の方法の記載がなくてはならない筈である。
右に指摘した乙第二乃至四号証及び乙第六乃至八号証がいずれもそうであったように、また、何よりも引用例体が、担体に担持する方法に関しては、担体に用いるものの種類、担体の大きさ、担体に担持する方法、できあがった剤の大きさに至るまで、具体的且つ詳細に記載されていることに鑑みるならば、引用例のいう「粒状」という記載が、「成型」または「造粒」を含まないことはむしろ明白なことである。
そのような記載がないのに、原判決のように「そうすると、引用例における上記「粒状」との記載は、上記周知技術に基づいて、成型された粒状の意味をも含むものと認められ」るなどということは全く引用例の意図しないところであるし、さらに、引用例をもって、原判決のように、引用例にある「粒状」の「記載に接した当業者が、上記「粒状」の意味を、当然に、成型された粒状を含むものと解することも明らかである」などとすることは、全くの牽強附会の議論である。
三 以上のとおりであるから、原判決が「第6 当裁判所の判断 2取消事由(相違点2の判断の誤り)について」で判示するところは、その理由が不備であり、またその理由が齟齬していることが、明らかである。
第四 右(取消事由3)について
一 原判決は、次のとおり述べている(原判決二七頁以下)。
<1>原告(上告人)が本願発明について主張するアルシン等の有毒成分の除去における優れた作用効果についても、当業者が容易に予測できる範囲内のものと認められる。
<2>原告(上告人)は、実験報告書1及び2(甲第一二号証、甲第二〇号証)に基づき、本願発明は引用例方法に対し顕著な効果を有すると主張するが、上記報告書はいずれも、引用例方法におけるアルシン除去剤として担体に担持された酸化銅のみを使用しているところ、引用例方法は、前示のとおり、アルシン除去剤として成型された粒状の酸化銅をも使用するものでもあるがら、上記報告書に記載される実験結果は、引用例方法の一実施例の効果を記載したにすぎないものと認められ、成型された粒状の酸化銅を用いた実験が行われていない以上、これらの報告書に基づいて、本願発明が引用例方法に対し顕著な効果を有するということができないことは明らかである。
二 しかし、右原判決の論旨は明らかに間違っている。
1 原粗決は、右の結論を導くために、「引用例方法を半導体プロセスガスからの有毒物の除去に適用し、その際、本願発明と同様にガス吸着剤をペレット、球等に成型して使用することは、当業者にとって格別困難なこととは認められない」ということを前提として述べている。
しかし、この前提が誤っていることは、既に右「第二」及び「第三」で明白である。
2 次に、原判決は、上告人が提出した甲第一二号証及び甲第二〇号証の実験報告書に対して、これら報告書が、引用例方法におけるアルシン除去剤として、担体担持の酸化銅のみを使用しているところ、これでは、引用例方法の一実施例の効果を記載したにすぎないと述べている。即ち、引用例方法について、「成型された粒状の酸化銅を用いた実験が行われていない以上」、実験報告書としては不完全であるというのである。
3 原判決の右論旨は、完全な間違いである。
確かに、右実験報告書は、引用例方法の除去剤については担体担持の酸化銅のみを使用している。
しかし、第一に、引用例は、担体担持の酸化銅のみを予定しているのであって、引用例方法には成型した酸化銅という方法はない。このことは、既に右「第三」で十分述べたところである。
第二に、仮に、引用例がいうところの「粒状」という表現の中に、「成型」や「造粒」が含まれるとしても、なおかつ原判決の論旨は誤りである。
4 なぜなら、引用例の「発明の詳細な説明」によれば、引用例の吸着剤は作用期間が非常に短かったところ、「アルゲル、すなわち市販されているケルン・エーレンフェルトのヘルマン兄弟商会のアルミナゲルを担体として使用することによって、著しい改善を行うことができた。作用期間は四八三日になった。」(引用例・甲第二号証の五三九頁右上段から左下段)というのである。即ち、引用例方法は、担体担持の方法を用いることによって、その吸着剤としての作用効果に「著しい改善を行うことができた。」と明確に記載しているのである。
従って、甲第一二号証及び甲第二〇号証の実験が、引用例方法については、担体担持の酸化銅のみを使用したとしても、それは引用例方法における最も作用効果が発揮された条件をもって実験したものである。引用例方法によれば、右実験における方法がそのベストの方法なのである。
以上のところから、原判決が、甲第一二号証及び甲第二〇号証の実験を「引用例方法の一実施例の効果を記載したにすぎない」とか、「これらの報告書に基づいて、本願発明が引用例方法に対し顕著な効果を有するということができないことは明らか」などと決めつけているのは、全くナンセンスであることがむしろ明白である。
原判決の判示は、このように引用例自体から明々白々な事実に故意に目を瞑り、単に被上告人の杜撰な主張を鵜呑みにしたものである。
5 以上のとおりであるから、「取消事由3(作用効果の看過)」に関する原判決は、明らかな理由不備及び理由齟齬である。
第五 以上のとおり、本件の争点について原判決が述べるところは、いずれも明らかなり理由不備であり、また理由齟齬である。
従つて、原判決は破棄されるべきである。
以上